PTSDだけでは語れないトラウマの後遺症
ポストトラウマ・シンドロームとは ― トラウマの長期的影響 ―
トラウマ体験後、悩まされ続ける人たち
第1章|もう終わったはずなのに、苦しさが続く理由
Aさんは、20歳のときに起きたある出来事の影響で、30年以上ものあいだ、苦しみ続けてきました。
日常生活は送れていました。仕事もしてきました。
周囲から見れば、人生は「普通」に進んでいるように見えたと思います。
けれどAさんの中では、その出来事は終わっていなかったのです。
特別なきっかけがあるわけでもないのに、突然、胸がざわつく。
理由の分からない不安や恐れがこみ上げてくる。
人の何気ない言葉に、過剰に反応してしまう自分がいる。
Aさんは、そんな自分を見て、何度もこう思ってきました。
「もう過去のことのはずなのに」
「どうして、今もこんなに苦しいんだろう」
Aさんがいちばんつらかったのは、不安や恐れそのもの以上に、 その理由が分からないことでした。
なぜ、思い出しては自分を責めてしまうのか?
なぜ、人と一緒にいると消耗してしまうのか?
なぜ、自信が持てず、何事にも消極的になってしまうのか?
答えが見つからないまま、Aさんは次第に、
「自分が弱いからだ」
「性格の問題なんだ」
と、自分を責めるようになっていきました。
相談の中で、Aさんはぽつりと、こんな言葉を口にされました。
「こんな昔のことで、まだ苦しんでいるなんて、おかしいですよね」
この言葉は、Aさんだけのものではありません。
長い時間を経ても続く生きづらさを抱えながら、同じように感じている人は、決して少なくないのです。
でも、はっきり言います。
おかしくなんて、ありません。
それは、Aさんが弱かったからでも、乗り越えられなかったからでもありません。
ただ、その出来事が、
心や体の中で「過去」になっていなかった。
それだけなのです。
トラウマは、出来事そのものが終われば、自動的に終わるとは限りません。
恐怖や無力感、「安全が壊れた感覚」は、時間が経ってからも、不安や緊張、過敏さといった形で、静かに影響を及ぼし続けることがあります。
そしてその影響は、必ずしも「PTSD」という形だけで現れるわけではありません。
このコラムでは、PTSDという診断名だけでは語りきれない、さまざまな「トラウマの長期的影響」について、実際のクライアント様や、私自身の経験も交えながら、お話ししていきたいと思います。
第2章|PTSDはトラウマの影響の「一部」にすぎない
Aさんのように、
「もうずいぶん昔の出来事なのに、苦しさが続いている」
そう感じている人は、決して少なくありません。
けれど、ここで多くの人が立ち止まります。
「私はPTSDと診断されたわけじゃない」
「だから、これはトラウマとは言えないのかもしれない」
この考え方が、どれほど多くの人を孤独にしてきたかを、私はこれまでの臨床の中で何度も見てきました。
私自身は、PTSDと診断され治療を受けました
私自身は、PTSDという診断を受け、専門的な治療を通して回復してきました。
診断名がついたことで、「自分に何が起きていたのか」が言葉になり、適切なサポートにつながることができたのは、確かに大きな助けでした。
「これは自分の弱さではなかった」
そう理解できたことは、回復の大きな一歩だったと思います。
でも、クライアントさんの多くは違います
一方で、私のもとに相談に来られるクライアントさんの多くは、PTSDという診断を受けていません。
それでも、
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・理由の分からない強い不安
-
・感情の揺れやすさ
-
・眠れなさ
-
・人との距離感のしんどさ
-
・自分を責め続ける思考
こうしたトラウマの影響を、非常に濃く受けている方が、実際にはとても多いのです。
中には、こんなふうに話される方もいます。
「PTSDじゃないって言われたから、こんなことで苦しいなんて言えないと思っていました」
診断がない=影響が軽い、ではない
ここで、はっきりお伝えしたいことがあります。
PTSDは、トラウマによって生じるさまざまな反応や問題の中の“ひとつ”にすぎません。
トラウマの影響は、フラッシュバックや悪夢のような、分かりやすい症状だけに限られません。
感じ方、考え方、行動、人との関わり方、人生の選択――
そうした部分に、長期的に、静かに影響を及ぼすこともあります。
「私は対象外だ」と思わせてきたもの
「診断がないから関係ない」
「もっとつらい人がいる」
こうした思い込みは、本当は助けが必要な人ほど、声を上げにくくしてきました。
でも、苦しさが続いているなら、そこには必ず理由があります。
それは、甘えでも、弱さでもありません。
次の視点へ
トラウマの長期的な影響を、もっと広く、もっと人間的に理解するために、とても有効な考え方があります。
それが ポストトラウマ・シンドロームという視点です。
次の章では、この概念がなぜ必要なのか?
そしてどのように「生きづらさ」を理解する助けになるのかを見ていきます。
第3章|「病名」ではなく「理解のための地図」
Bさんは、イラストレーターとして活動していました。
絵を描くことは、仕事であると同時に、自分自身を表現する大切な手段でもありました。
ところがある日、いつものように絵を描こうとした瞬間、突然、手が震え、汗が止まらなくなったのです。
集中しようとしてもできない。深呼吸をしても、体の緊張が抜けない。
「どうしてこんなことが起きるんだろう」
Bさん自身にも、理由がまったく分かりませんでした。
思い当たる「衝撃的な過去」はなかった
Bさんは、自分の人生を振り返っても、PTSDと診断されるような、大きな事故や災害、暴力的な体験には、思い当たることがないと話されました。
そのため、
「これはトラウマじゃない」
「私がおかしくなっただけかもしれない」
そうやって、自分を疑う気持ちが強くなっていきました。
カウンセリングの中で見えてきたもの
カウンセリングを重ねていく中で、少しずつ浮かび上がってきたのは、 幼少期の体験でした。
それは、一見すると「よくある家庭の出来事」と片づけられてしまいがちなものでした。
けれど、当時のBさんにとっては、安心や安全が揺らぐ体験であり、心と体が必死に耐えてきた記憶だったのです。
なぜ「今」になって症状が出たのか
幼少期のトラウマは、長いあいだ意識の表に出てこないことがあります。
生活は送れている。仕事もできている。「問題なく生きているように見える」。
けれど、あるタイミングで 自分自身と深く向き合う行為や 集中を必要とする場面が引き金となり、体が反応を始めることがあります。
Bさんの場合、それが「絵を描く」という行為でした。
PTSDという枠組みでは、説明できなかったこと
Bさんのケースは、PTSDという診断基準だけでは、うまく説明することができませんでした。
けれど、「トラウマがその後の人生にどのような影響を与えているのか」という視点で見ていくと、すべてが一本の線でつながっていきました。
ポストトラウマ・シンドロームという視点
このようなケースを理解するために、とても有効なのが ポストトラウマ・シンドロームという考え方です。
これは病名ではありません。診断をつけるためのものでもありません。
トラウマが、出来事の「あと」に、人生や自己感覚にどんな影響を残しているのかを、理解するための枠組みです。
PTSDかどうか、診断名がつくかどうかに関わらず、「生きづらさが続いている」という事実そのものを、丁寧に見ていくための視点だと言えるでしょう。
次の章へ
ポストトラウマ・シンドロームは、その影響を 七つの基準として整理しています。
次の章からは、その一つひとつを、実際の事例や体験を交えながら、詳しく見ていきます。
それは、「何が起きていたのか」を理解し、自分を責め続ける必要がなかったことに、気づくための道しるべです。
第4章|ポストトラウマ・シンドロームの七つの基準
① 発覚 ― 気づいたとき、回復の道が開ける
正直に言うと、私は長いあいだ、自分のイライラや不安の強さにトラウマが影響しているなんて考えたこともありませんでした。
感情が揺れやすいのは性格のせい。
落ち着けないのは未熟だから。
そうやって、問題の原因をすべて「自分」に向けていました。
でも、あるとき気づいたのです。
これは、意志の弱さでも、努力不足でもない。
過去の体験が、今の反応に影響しているのかもしれない、と。
多くの人にとって、
「自分にはトラウマがあるかもしれない」と認めることは、とても勇気のいることです。
-
大したことじゃない…
-
もっとつらい人がいる…
-
これくらいでトラウマなんて言えない…
そうやって否定することで、必死に心のバランスを保ってきた人も少なくありません。
でもそれは、弱さではなく 自分を守るための知恵でもありました。
私の場合、トラウマを自覚したからといって、すぐに楽になったわけではありません。
けれど、それまで見えなかった道が、はっきりと見え始めた感覚がありました。
暗闇の中で、理由も分からず苦しんでいた状態から、「何が起きていたのか」を理解できる場所へ初めて立てたような感覚でした。
発覚とは、診断を受けることではありません。
「もしかしたら、この苦しさには理由があるのかもしれない」
そう自分に問いを向けた瞬間から、回復はもう始まっているのです。
② 追体験 ― 過去は、終わった出来事ではなかった
第1章で紹介したAさんは、20歳のときの出来事によって、30年以上ものあいだ、悩まされ続けてきました。
毎日その出来事を思い出していたわけではありません。
けれどAさんは、不安、恐れ、自責の感情を抱えながら、長い年月を生きてきたのです。
Aさんがとくにつらかったのは、「何が怖いのか分からない怖さ」でした。
理由は分からないのに、胸がざわつく。
人の言葉に過剰に反応してしまう。
安心しているはずの場面でも、どこか気が抜けない。
Aさんは、
「自分は心配性な性格なんだ」
「弱い人間なんだ」
そう思い込もうとしていました。
追体験というと、フラッシュバックのような強烈な映像を思い浮かべる方もいるかもしれません。
けれど、追体験はそれだけではありません。
-
・理由のない不安
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・説明できない恐れ
-
・自分を責める思考
-
・体のこわばりや緊張
こうした形で、 感情や身体の反応として、過去が「今」に入り込んでくることもあるのです。
Aさんは、こう話されました。
「長いあいだ不安と一緒に生きてきたので、本当の自分がどんな人間なのか、分からなくなってしまいました。」
追体験が続くと、それが「自分の性格」だと思ってしまいます。
でも実際には、 本来の自分と、トラウマによる反応が混ざってしまっていただけなのです。
追体験は、異常な反応ではありません。
それは、危険だった過去を忘れないことで、二度と同じことが起きないように自分を守ろうとする心と体の働きなのです。
次の基準へ
追体験が続くと、心と体は常に警戒状態になり、休むことができなくなっていきます。
それが、次に紹介する ③ 過覚醒です。
③ 過覚醒 ― 体がずっと警戒を解けない
Cさんは、カウンセリングの中で、こんなふうに話されました。
「なぜか私、少しの物音とかに過剰にびっくりしてしまうんです」
ドアの閉まる音。
後ろから急にかけられる声。
周囲の人にとっては何でもない刺激に、心臓が跳ね上がり、体が一瞬で固まってしまう。
Cさん自身も、
「神経質すぎるのかな」
「気が小さい性格なんだろうか」
と、自分を責めていました。
でもこれは、性格の問題ではありません。
過覚醒とは、脳の「危険センサー」が過剰に働き続け、 今この瞬間を、常に危険かもしれないと判断してしまう状態です。
実際には安全な場面でも、体は過去の記憶をもとに、反射的に反応してしまいます。
考えて選んでいる反応ではなく、 体が先に動いてしまう反応なのです。
過覚醒の状態が続くと、人は常に緊張したまま生きることになります。
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・気が抜けない
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・いつも周囲を気にしている
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・ちゃんと休んだ感じがしない
Cさんも、「何もしていないのに、ずっと疲れている」そんな感覚を抱えていました。
ここで大切なのは、過覚醒は弱さでも欠陥でもない、ということです。
それは、 過去に危険な体験をした人が、生き延びるために身につけた反応です。
体はずっと、「もう二度と同じことが起きないように」と働き続けてきたのです。
④ 不安の基準値の上昇 ― 分かっているのに、対処できない理由
過覚醒の状態が続くと、次に起こるのが 不安の基準値の上昇です。
Cさんは、こうも話されていました。
「頭では分かっているんです。大丈夫だって。でも、不安が全然下がらないんです」
不安の基準値が上がると、人は何も起きていない状態でも、すでに「不安な位置」からスタートしています。
そのため、小さな出来事でも、簡単に限界を超えてしまいます。
ここで多くの人が、
「前はもっと対処できていたのに」
「私は弱くなったんだ」
と、自分を責めてしまいます。
でも実際には、 対処スキルがなくなったわけではありません。
不安が高すぎるために、使えなくなっているだけなのです。
深呼吸も、考え方の切り替えも、人に頼ることも、心に余裕があってこそ使えるものです。
不安が常に高い状態では、それらの力を引き出す余地がなくなってしまいます。
不安の基準値が上がるのは、心と体が「これ以上、危険を見逃してはいけない」と、必死に働き続けた結果です。
それは、あなたが弱いからではなく、 それだけ本気で生き延びてきた証でもあります。
不安が高い状態が続くと、人はやがて、喜びや楽しさを感じにくくなっていきます。
それが次に紹介する、 ⑤ 気分の基準値の下降です。
⑤ 気分の基準値の下降 ― 人生の色が薄れていく
Dさんは、アクセサリー作りが好きで、自分で作った作品を販売することも楽しんでいました。
作る時間は、Dさんにとって「やらなければならないこと」ではなく、自然と心が向く、大切な時間でした。
ところが、あるトラウマとなる出来事をきっかけに、少しずつ変化が起きました。
Dさんは、こう話してくれました。
「作っても楽しくないような気がして、作る気がおきないんです」
嫌いになったわけではない。やめたいと思っているわけでもない。ただ、 心が前のように動かない。
それが、Dさん自身にもいちばん説明のつかない感覚でした。
トラウマの影響が続くと、不安が高まるだけでなく、 気分の基準値そのものが下がっていくことがあります。
以前なら自然に感じられていた
「楽しい」
「嬉しい」
-
「夢中になる」
といった感覚が、少しずつ遠のいていくのです。
ここで大切なのは、これは「やる気の問題」でも「怠け」でもない、ということです。
心と体が、常に緊張し、危険に備えている状態では、 喜びを感じる余力そのものが残っていない、ということが起きます。
トラウマは、不安を植えつけるだけでなく、人生の彩りまで奪っていくことがあるのです。
⑥ 不適切な睡眠 ― 眠っているのに、休めていない
トラウマ体験のある多くの方が、共通して口にされることがあります。
「夜中に何回も目が覚めてしまう」
「眠ったのか、眠れていないのか分からない」
「朝起きた時点で、体がもうしんどい」
ベッドに入って、目を閉じて、一応は横になっている。
それでも、 まったく休んだ感じがしない。
こうした状態が、何日も、何か月も、時には何年も続いていきます。
睡眠は、心と体がいちばん無防備になる時間です。
トラウマを経験した心にとって、その無防備さは、安全とは感じられないことがあります。
そのため、脳や体は眠っているあいだも警戒を解けず、わずかな刺激で何度も覚醒してしまうのです。
多くの人は、「自分は眠れない体質なんだ」「睡眠が下手なんだ」と思い込んでいます。
でも実際には、眠ろうとしていないのではなく、 体が何度も起こされている、という状態なのです。
不適切な睡眠が続くと、回復のための時間が確保できず、不安やイライラはさらに高まりやすくなります。
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・朝から疲れている
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・集中できない
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・些細なことで消耗する
これは、気合いや根性でどうにかなる問題ではありません。
楽しめなくなり、十分に休めなくなると、人は無意識のうちに 行動そのものを変えていくようになります。
それが次に紹介する、 ⑦ 行動の変化です。
⑦ 行動の変化
「性格が変わった」のではなかった
カウンセリングの中で、とてもよく聞く訴えがあります。
それが、「ぐるぐる思考が止まらない」というものです。
同じことを何度も考えてしまう。
答えが出ないと分かっているのに、頭の中で反省や不安が繰り返される。
多くの方が止まらないネガティブな思考に悩まされています。
でも、この「ぐるぐる思考」も、 行動の変化のひとつだと考えることができます。
体を動かして危険を避ける代わりに、頭の中で「起こりうる最悪」を何度もシミュレーションする。
それは、 もう二度と同じことが起きないように自分を守ろうとする反応なのです。
人を避けるようになる、新しいことが億劫になる
ほかにも、こんな変化を訴える方は少なくありません。
-
・人が集まる場所へ行かなくなった
-
・以前は平気だった誘いがしんどくなった
-
・新しいことに挑戦するのが面倒に感じる
これも、意欲がなくなったわけではありません。
刺激や失敗の可能性を減らし、 安心できる範囲で生きようとする選択なのです。
好きだったことが、苦痛になる
中には、こんな変化を経験する方もいます。
「料理が好きだったのに、作るのが苦痛になってしまいました」
料理をすることは、手順を考え、感覚を使い、同時にいくつものことを処理する行為です。
心と体が常に緊張している状態では、それ自体が大きな負担になってしまうことがあります。
行動の変化は「壊れた証拠」ではない
ここで、とても大切なことを伝えたいと思います。
行動が変わったのは、あなたがダメになったからではありません。
生き延びるために、無意識のうちに行動を変える必要があった。
それだけなのです。
見えなくなった長所も、失われたように感じる意欲も、消えてしまったわけではありません。
ただ、心が安全を感じられるまで、そっとしまわれていただけなのです。
終わりに|回復とは「変わること」ではない
本来の自分を取り戻すということ
トラウマからの回復というと、「新しい自分に変わること」「前より強くなること」そんなイメージを持たれることがあります。
でも、私はそうは思いません。
回復とは、 「新しい私に変わること」ではなく、「本来の自分を取り戻すこと」だと感じています。
トラウマの影響によって、不安が強くなり、感情が揺れ、行動が変わってしまうと、人は「自分は変わってしまった」と思いがちです。
けれど、ここまで見てきた七つの基準が示しているのは、壊れた姿ではありません。
必死に生き延びてきた姿です。
回復は、一人では進まないこともある
もうひとつ、とても大切なことがあります。
トラウマの回復は、 本人の努力だけでどうにかできるものではないということです。
心と体が安全だと感じられなければ、どれだけ頑張っても、回復は進みにくい。
だからこそ、その人を囲む家族や友人の理解は、とても大きな支えになります。
「もう大丈夫でしょ」ではなく、「そう感じる理由があるんだね」と受け止めてもらえること。
それだけで、心は少しずつ緩み始めます。
専門家の助けが必要なときもある
そして場合によっては、 専門家の助けが必要なときもあります。
それは、弱いからでも、依存しているからでもありません。
トラウマは、脳や神経の働きとも深く関わっています。
安全な関係の中で、整理し、理解し直していくことは、回復への大きな助けになります。
あなたは、もう十分に生き延びてきた
今も生きづらさを抱えながらいきているあなた。
あなたは、怠けてきたわけでも、弱かったわけでもありません。
ここまで生き延びてきた。それだけで、もう十分なのです。
回復とは、あなたがあなたに戻っていく道。
その道は、一人で歩かなくてもいいんです。
「こころケアWith」では、丁寧に寄り添うカウンセリングで、トラウマからの回復をサポートしています。
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