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なぜ私たちは、傷ついても自分を責めるのか?
—新自由主義と自己責任論が、私たちの心から奪ったもの—

性暴力被害者が”自分を責めてしまう”それはなぜ?


■どうして被害者なのに、自分を責めてしまうのか?


「もっと気をつければよかったのでは?」
「弱かった私が悪いのでは?」
「怒れなかった自分が、情けないのでは?」

性被害の相談に乗っていると、被害者が自分を強く責めてしまう場面に何度も出会ってきました。
本来なら、責められるべきは加害者であり、被害者には一切の非はありません。

それでも多くの人が、自分を深く傷つけてしまうほどの「自責」を抱えてしまう。

この現実は、決して個人の心の弱さや性格の問題ではありません。

その背景には、
「怒れない」「声を上げられない」「自分を責めてしまう」
――こうした反応が“脳の防御反応”であること。

そして、同時に私たちが生きてきた日本社会の“自己責任を強いる空気”が大きく関係しています。


私自身もまた、この空気に長年縛られていた一人でした。
そして、自責に押しつぶされそうになってきた側の人間でもあります。

だからこそ、今このコラムを書いています。
必要以上に自分を責めてしまう誰かが、少しでも呼吸しやすくなるように。

 

■自己責任論という名の“見えない圧力”


1980年代、日本では新自由主義と呼ばれる思想が広がり始めました。
「競争」「効率」「成果主義」「自己責任」。
高度経済成長が終わり、景気が後退していく時代の中で、
人々の不安を“努力すれば報われる”という希望で埋めようとしたのかもしれません。

しかしこの思想は、光と影の両方を持っていました。

光の部分は、
“自分の努力で未来を切り開ける”という希望。

影の部分は、
“努力できないのは甘えだ”
“うまくいかないのは本人の責任だ”
“弱さは恥だ”

という空気をつくったことです。


1990年代後半から2000年代にかけては、
「勝ち組」「負け組」という言葉がテレビでも雑誌でも飛び交い、人間の価値が、収入や職業、能力で測られる風潮が強まりました。

この空気は、学校にも、家庭にも、職場にも浸透していきました。

そして、人が何かにつまずいたとき、こう囁くようになったのです。

「あなたが悪いんじゃない?」
「もっと努力できたでしょ?」
「弱さを見せるのは怠けじゃない?」

この“見えない圧力”こそが、被害者の自責を深める大きな背景になっています。

 

■予防医学の誤解──病気さえ「自己責任」になりかけている


近年、「予防医学」という言葉をよく聞くようになりました。
健康診断、ワクチン、運動、食事、睡眠…。
健康を守ることは、とても大切です。

ですがいつしか、
「病院に行く=自己管理不足」
「不調になるのは努力不足」
という誤解が広がり始めました。

予防医学そのものは、とても素晴らしいと思いますが、
どれだけ気をつけていても、病気になることはあるのです。

同じように、
どれだけ注意をしていても性被害に遭うことはあります

不安を煽り、「防げたはずだ」と被害者に言うことは、事実にも、道理にも反します。

それでも、社会の空気は“努力すれば健康も安全も手に入る”という幻想を広げてしまった。

その結果、病気になった人や被害を受けた人が、自分を責めやすい土壌ができてしまったのです。

 

■心の病に向けられる冷たすぎる視線


心の病で働けない人に向けられる視線は、驚くほど厳しいことがあります。

「甘えている」
「怠けている」
「気合いが足りない」
「ストレス耐性が低い」

こうした言葉は、表立って言われなくても、空気として存在しています。


けれど、心の病は性格の問題ではありません。
脳の機能不全であり、誰にでも起こり得ることです。

強さと弱さで語るべきものではありません。
努力で防げるものでもありません。

“心が折れる”という現象は、誰の身にも、人生のどこかで起こり得るのです。

 

■私自身も「弱さ=努力不足」と信じ込んでいた


ここで、私自身の体験をお話しします。

私は性被害を受けたあとも、自分がPTSDだとは気づいていませんでした。

夜になると悪夢で飛び起き、昼間でも突然フラッシュバックに襲われることがあったのに、
「私は強いから大丈夫」
「私は負けない」
そう思い込んでいました。

それが“正しい生き方”だと信じていたのです。


当時勤めていた職場にモラハラ職員がいました。
その人の言動で次々とうつ病になる新人職員を見ていました。

当時の私は……彼らを軽蔑していました。

「弱いな」
「感情のコントロールができないだけじゃない?」
「うつになるなんて、精神力が弱すぎる」

今考えると胸が痛みますが、
私は本気でそう思っていたんです。


しかし、その後にうつ病になったのは、私自身でした。

朝、布団から起き上がれない。
涙が止まらない。
心がほとんど動かず、世界から色が消えていく。
仕事に行こうとすると身体が激しい痛みに襲われるーーー


そのとき、私は初めて知りました。

「うつ病は、弱さの問題ではない」
「頑張りすぎても、人は壊れる」
「限界が来ない人なんていない」

そして私は気づいたのです。
過去に軽蔑していた人たちは、弱かったのではなく、ただ限界が早く訪れただけだったのだと。

強い人と弱い人がいるのではありません。
誰もが人間としての限界を抱えて生きているのです。

 

■性被害の「自責」は、個人の心ではなく“社会”が作る


性被害を受けた人の多くが
「私が悪かったのでは?」と思ってしまう背景。
これは、個人の心で解決できる領域ではありません。

●脳の防衛反応
●家庭での自己責任教育
●社会全体の「弱さは恥」という空気
●性教育の欠如
●被害者を沈黙させる文化

これらが複雑に絡み、被害者は本来の怒りを外に向けることができず、自分に向けてしまうのです。

しかし、それは本人の性格や心の弱さではなく、社会がそう思わせている構造の問題でもあります。

怒れなかったあなたは悪くありません。
声を出せなかったあなたも悪くありません。
反応できなかったあなたも悪くありません。

それは、あなたの反応ではなく、社会が形づくった“沈黙を強いる環境”が原因です。


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■怒れる人も、怒れない人も──どちらも“生き延びるための反応”だった


性被害に遭ったあと、人は本当にさまざまな反応をします。
怒りが湧く人、涙が止まらない人、身体が動かなくなる人。
そして、何も感じられなくなる人。

これは“強さ”“弱さ”とは関係ありません。
どれも脳が「生き延びること」を最優先して選んだ反応です。

私は被害後、加害者を憎めませんでした。
むしろ哀れに思いました。

「こんな方法でしか、自分の価値を感じられないの?」
「こんなことをして、いずれ苦しむことになるのでは?」

そう思って涙が出たこともあります。

けれども、あとから振り返れば、私は加害者ではなく 自分を憎んでいた のです。

怒りを外に出すことが怖かった。
怒ったら、もっと壊れてしまう気がした。
怒りは、境界線を守る力でもあり、危険信号でもあります。
脳はその瞬間、私を守るために怒りの回路を遮断しました。

そして、怒れなかった自分を責め続けることで「次は防げるはずだ」という幻想を作り、心を保とうとしていたのだと思います。

深いレベルで言えば、これは 生存戦略 です。
脳があなたを守るために選んだ“最善の反応”。


しかし、この反応をさらに強化していたものがありました。

それは、私が母から叩き込まれてきた“新自由主義的な価値観”でした。

母はよく言いました。

「弱音を吐くのは恥ずかしいこと」
「うまくいかないのは努力不足」
「これは全部、自分の責任」

母自身が、そう言い聞かせなければ生きてこられなかった人でした。
その時代、その環境を考えれば、仕方のないことも理解できます。

しかし、この価値観は、私が自分の弱さに触れることを長い間許してくれませんでした。

怒れない自分を、情けないと思った。泣く自分を、弱いと思った。助けを求める自分を、恥だと思った。


でも私は、うつ病になったとき、自分に言いました。

「誰だって壊れることがある。誰だって限界がある。
私は弱かったのではなく、追い詰められていただけなんだ」と。


怒れる人は強いわけではありません。
怒れない人は弱いわけでもありません。

どちらも、あなたの尊厳を守るために
脳が選んだ反応なのです。

怒れなかった自分を責めなくていい。
怒れた自分を恥じる必要もない。

あなたがその時、その瞬間にできたことを、どうか否定しないでください。

あなたは生き延びました。
それだけで、もう十分すぎるほど強いのです。

 

■社会は、弱さを恥としない文化へ変わることができる


ここまで読んでくださった方に伝えたいことがあります。

弱さは、恥ではありません。
心が折れた経験は、人生の失敗ではありません。
そして被害は、あなたの責任ではありません。

“努力すれば何でも手に入る”という幻想を手放し、弱さや痛みを尊重する文化が育てば、人はもっと生きやすくなります。

そして、被害者を責める空気ではなく、被害者を支える仕組みを社会全体でつくっていくべきなのです。

● 心の病の普遍性を認める
● 性教育と加害防止教育を広げる
● 予防医学と社会保障を両立させる
● 弱さを語れるコミュニティを作る
● 自責を手放せる環境を整える

個人ではなく、社会全体で弱さを支える文化があれば、被害者は“自分を責める”という苦しみから解放されていきます。

 

■もう、自分を責めなくていい


もし今、この記事を読んでくれているあなたが「自分が悪いのでは」と感じているなら、どうかその思いを、そっと降ろしてほしい。

怒れなかったあなたも、怒れたあなたも、
泣けなかったあなたも、泣いたあなたも、
動けなかったあなたも、必死に立ち向かったあなたも。

どれもすべて、あなたのせいではありません。
どれもすべて、生き延びるための反応でした。

あなたが今日まで生きてきたことそのものが、かけがえのない強さです。
そして、あなたの弱さも含めて、そのすべてがあなたという人の美しさです。


どうか、自分を責めないでください。
あなたは悪くありません。

そしてこの世界には、あなたの傷に寄り添いたい人がちゃんといます。
あなたの味方になりたい人がいます。

私も、その一人です。どうかほんの少しの勇気を出して、お問い合わせくださいね。


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